このたびの令和8年熊本地震により被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。
被災地の一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。
まさかこのタイミングでこのブログを書くことになるとは思ってもみませんでした。
添付している「いつかあなたが出会うかもしれないこと」は、神戸市でこども家庭局長、初代の福祉局長を務められた森下 貴浩氏(現・水道サービス公社理事長)が、まとめられた震災の手記です。「神戸市の職員向けに書いたものだが、一人でも多くの人にこの手記を読んでもらえるなら」と私のブログへの掲載をお認めいただき、準備している時に再び熊本で地震が起こるとは思いもしませんでした。
「人間は自然の大きな力に抗うことはできない。でも、決して無力ではない。」
「運命の境目」に出会った時に、自らがその境目のいずれ側にいようとも、反対側にいる人に思いを至らせることのできる職員になってほしいと思っている。
そんな思いが込められています。
森下さんは、平成9年に神戸の最初の施設であるロングステージ灘を開設した時、高齢福祉課の指導担当の主査でいろいろご指導いただいたのをスタートに、その後も高齢福祉課、保育課で何度も一緒に仕事をする機会をいただいた神戸市関係者では一番ご縁の深い方です。
退職後も勉強会などでご一緒させていただいています。
穏やかなお人柄であまり自分のことを語られないため、長いお付き合いでありながら震災のこと、弟さんを亡くされた話、行政マンとして陰で支えている人たちの葛藤や覚悟の話、阪神・淡路大震災を経験した行政マンとしての全国の震災への支援など、今回初めて知りました。ご自身の体験にとどまらず、周囲の方々から影響を受けた言葉や出来事が丁寧につづられており、過酷な環境下での人々の結び付きや当時の現場の状況が鮮明に伝わります。
阪神・淡路大震災から31年を過ぎましたが、あの震災を経験された方が忘れてはいけない。災害の多い日本であの経験を未来に託していきたいという気持ちで書かれた手記だと読みながら何度も思いました。
この手記を読んでいただき、備えることの大切さを伝えたかったのですがもう一つ、昨年、震災から30年の年に職員たちと食事をしていて、30年前の震災の話をした時に職員の一人に泣かれてしまい、まだまだあの当時のことを思い出し、気持ちを抑えられないんだな、軽々しく話をしてはいけないなと思いました。
でも、森下さんのように震災の体験や忘れてほしくない人のことを伝えることも経験した者の努めなんじゃないかなとこの手記を読み、あの日の職員の涙を思い出し、そう思っています。
追記
この手記を読んだ友人から以下のメールを受け取りました。
この手記は、経験のない人にとっての「知ること」の入口です。
この手記には、活動の結果だけではなく、その時々に何を感じ、何を考え、どう判断していったのかという「人の心の動き」が書かれていたので、自分もその場にいるような感覚で読むことができました。
一番感じたことは、「知らないことは、想像することすら難しい。しかし、少しでも知っていれば、動くことができるかもしれない」ということでした。
私たちは「災害は必ず来る」と言われています。
でも、自分は何を備えているのかというと、
多少の食糧や水は準備していても、それは「自分の命を数日間守ること」にすぎない。
そうではなく、災害時に「自分がどう動くのか」「生きるためにどう動くのか」、そこに対する知識はほとんどありませんでした。
モノを備えることと、知識を備えること、これは両輪でなければいけない。
そんなことを教えてもらった、というのが一番の感想です。
とのこと。
皆さんが「自分はどう動くのか」を考えるきっかけになれば幸いです。
2026年8月
社会福祉法人 鶯園
理事長 小林 和彦
